佐藤正午 Y

もしあの時、傘を忘れていなかったら。ある晩かかってきた奇妙な電話。覚えのない同級生からの電話だった。しかし、彼は私の親友だったという。それから数日後、私はその同級生から渡されたフロッピーディスクにあった文章を読むことにするが、それはありもしないもう一つの18年間だった。人間であれば誰もが望んだであろう「if」を追求した切ないSF小説

Y (ハルキ文庫)

Y (ハルキ文庫)

どこかの誰かに薦められたのですが、申し訳ないことにそれが全くもって分からない。「もし」薦められていなかったとするならば、買わなかった僕がいるはずである。そういった何かをポイントにしての分岐点「Y」の物語だ。そんな戯言はともかく、推薦ありがとう御座いました。

「5分で戻ってくるわ」とリンゴを買いにいった彼女が失踪してしまう「ジャンプ」(Amazon)が有名でしょうか。これも気にしていながら未読。ケン・グリムウッド「リプレイ」(Amazon)も長年積んでいるまま。そろそろ塩になりそうな気もします。

SFの手法をシンプルに使って恋愛小説に仕上げてしまうというのは、僕の中ではライトノベルの典型的な形だと思っていたのですが(ライトノベルの十八番みたいなものかな)、こうした大人の恋愛風味に仕上がっているのは佐藤正午だからなんだろうなあ。文体の感覚として近いのは村上春樹で間違っていないはずだ。全体的に単調な文章なんだけど、どうしようもないぐらいに輝いている一文が存在することとか。

そこそこ面白い。綺麗にまとまっている。文章も上手い。などと適当に賛辞を並べてみても間違いのない作家だとは思うが、強烈な何かは残らない。それを残そうとしている作家ではない。「世界の中心で、愛をさけぶ」のような大悲惨にまで盛り上げない。そこが良い。実に良い。

どうして主人公のことを妻が好きになったかという理由が良いけど、恥ずかしくてここでは紹介できない(P219の最後)。