山田風太郎 眼中の悪魔 本格篇 ― 山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉

昭和24年の第二回日本探偵作家クラブ賞短編部門を受賞した「眼中の悪魔」と「虚像淫楽」。目がまわる大ドンデンガエシを作者自ら”畠違いの本格物”と謙遜した「厨子家の悪霊」。イギリスを舞台にしたホームズ・パスティッシュとして高レベルな「黄色い下宿人」。他4短編と、山田風太郎による自己評価Bをつけた長編「誰にも出来る殺人」を収録したミステリー傑作選「本格篇」。

眼中の悪魔 本格篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉 (光文社文庫)

眼中の悪魔 本格篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉 (光文社文庫)

大分前の話ですが、某氏が「ミステリ系でどこも似通っているのは当然で、本に限りがあるなら若手・古参に関わらずそうでしかない。本当に独創的になりたいのであれば、『別冊宝石昭和××年×月号をゲットしたよ!』ぐらいのB級小説に走るなり、そんなことを書けば良い」みたいなことを言っていて、それを僕はゲラゲラと笑いながら聴いていたのですが、近頃、山田風太郎と聴いただけで勃起しているようなパブロフってきている気がして、自分の将来を少しだけ考えてみました。

そう書いてしまうと山田風太郎がB級小説でしかないように思われるかもしれませんが、例え上級でなかったとしても、本当に面白いからしかたがない。忍法帖でさえ鼻血級の面白さなのに、ミステリまでこなされてしまうと嫉妬してしまうというべきか、元々はミステリ畑の人が忍法帖を書くのが変だと主張するべきか。「黙った読め!」と言われんばかりでグウの音も出ないというべきか。



短編集が苦手な僕が意気揚々と読んでいるものだから不思議なことで、良くも悪くもレベルが高い。不思議な夫婦仲を書いた「眼中の悪魔」に、複雑怪奇な兄嫁への恋を表した「虚像淫楽」。これで上記したように受賞し、横溝正史が「達磨峠を書いた風太郎が、トモカクああなるんだから新人失望するべからず」と評したのは……、凄い言われようだな。とまあ、それで十分なレベルを思い描いても裏切られることはない。また、シャーロック・ホームズを主人公とした「黄色い下宿人」は何度か他書に収録されていた様子ですが、ことごとく絶版になっていたので、これを機会にシャーロキアンの方々にも触れてもらいたい素晴らしい出来。個人的には、山田節に震え上がった「司祭館の殺人」は耳が聞こえない司祭、口が利けない青年、盲目の少女を登場させての予想もつかないミステリが衝撃でした。ちょっとやそっとで作れる作品ではない。しっかりとロジカルに落としているのにも感動します。

やっとこさ短編9編を読み終わったと思えば、残っているのが長編「誰にも出来る殺人」ですから、フルマラソンをした後に無理矢理「星の王子様カレー(激甘)」を口に入れられているようなものですが、美味いんだからしかたがない。ぼろアパート”人間荘”。その12号室には、代々の間借人によってつけられてきた1冊のノートがあった。読み切り連載の手法をとっている本作品は、月刊小説という場を活かし、薄っすらと繋がったノートに書かれる物語が最終的に膨らむという、今では結構な量がありますが、この形式は山田風太郎も得意としているみたいですね(日下三蔵による解題に詳しく書かれています)。途中で犯人が分かってしまい、「ヘヘッ、俺も山風に関してはランクアップだ」と笑っていたら痛い目をあったという、怪我の功名とでもいうべきかどうか。
とまあ、僕が長々とラブい告白を書いても鼻で笑われて終わるだけなので、解題より日下三蔵氏の言葉を抜粋させてもらいます。

『本書収録の九短篇のうち、「眼中の悪魔」と「厨子家の悪霊」を除く七篇を収めたこの桃源社版「虚像淫楽」の高水準には、凄まじいものがある。掛け値なしに、日本で出版されたミステリ短篇集のベストテンに入る、超高密度傑作集といっていいだろう。』

か、か、かかかか、カッケー!! 日下三蔵格好良い! 裏を返せば「俺は『眼中の悪魔』『厨子家の悪霊』に長編の『誰にも出来る殺人』を加えて<本格篇>として出しちゃうよ? ううん?(眼鏡キラーン)」みたいな。ウッワー、ヤッベー、スゲー。膝ガックガク物っていうのはこういうのだと思います。うん。それより、山田風太郎のレビュを書くにあたって解題・日下三蔵がなければ成り立っていないので、本当に頭が上がりません。毎度のことですが、本気で感謝をしております。