山田風太郎 八犬伝

滝沢馬琴が語り出し、その物語を聞く葛飾北斎。敵将の首を討ち取ったことから、犬は城主の娘と結婚する権利を得たが、所詮は獣。逃れるように姫と山奥の中で暮らし、交じわることなくとも、何時までも安泰の日々が続くと思っていた。しかし姫が何故か子を宿し、それを苦にして自ら腹を割き、中から飛び出した8つの玉に書かれた文字はそれぞれ「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」。姫の婚約者であった者たちがそれを探す旅に出ることから伝奇「八犬伝」は始まる……。

八犬伝〈上〉 (朝日文庫)

八犬伝〈上〉 (朝日文庫)

八犬伝〈下〉 (朝日文庫)

八犬伝〈下〉 (朝日文庫)

滝沢馬琴が48歳からの28年間に渡って費やした伝奇小説。それを山田風太郎がダイジェスト化した「虚の世界」と、滝沢馬琴の生活を書いた「実の世界」を交互に折りはさんだ傑作。もしかすれば個人的に忍法帖の中では一番すきかもしれない「忍法八犬伝」(Amazon)のような騒いで騒いで騒ぎ立てる作風を想像していたのですが、もの凄く静かに語られる物語でした。とりあえず上手いの一言。
八犬伝を書くとともに、こうして馬琴の生活を書くという手法の意味合い。それが後半になってくると分かってくるんですよね。八犬伝の何百と登場する人物全てに意味を持たせ、最終的な決着を書く。そんな巨大ながら緻密な設定を作り上げた馬琴とはどのような人物だったのか。どんな暮らしをし、他に何を書き、何を思い続けたのか。

もう最後がヤバい。晩年の馬琴に関する知識は少なからずあったのですが、こういった人間ドラマを、強烈に読ませる手法を山田風太郎が持っているとは思ってもいなかった。派手じゃない。男根が2倍も3倍もある男も登場せず、膣から泡を吹くくノ一なども活躍しないけれど、まだまだ新しい面があることに気がつかされる。
滝沢馬琴が伝奇小説を書き、その伝奇というものを、山田風太郎は馬琴の口を借りて書いている。
『ある史実があって、その根を変えずに葉を変える。根を変えないからこそ稗史−伝奇小説となる』
その伝奇という存在なんだけど、最後の一行を読んで完敗しました。これほど綺麗な幕の閉じ方は、今までに見たことはない。