09年度読んでよかった本

今年はこれがよかった! という自分なりのベスト(05年版)(06年版)(07年版)(08年版)。
今年のベストを選んでみると、短編の年だった。短編集は苦てだったはずなんだけど……。ともかく、1番に挙げておきたいのは、ローラ・リップマン『心から愛するただひとりの人 現代短篇の名手たち6』。わざわざ全米ベストセラー作家を短編集企画に入れなくてもいいだろう、と思っていたけど、読んでみればなんと素晴らしい短編集だったことか。暴力的ではないけれど、隠されていた女性の本音が最後に書かれるパンチ力は凄い。首筋にあたる優しい吐息のようでもあり、しかし命を握られているような恐怖感。絶妙の一言。
09年終盤でドーンと存在感を見せてくれたのは、中田永一『吉祥寺の朝日奈くん』(感想)大森望・編『NOVA 書き下ろし日本SFコレクション 1』(感想)
前者はデビュー作『百瀬、こっちを向いて』(感想)で話題になった中田永一の第2短編集で、その作風・クオリティは変わらず、中でも書き下ろし「三角形はこわさないでおく」が素晴らしい。少年2人、少女1人の三角関係はありきたりだが、常時切ない文体で書かれた絶妙なバランスを読んでもらいたい。
後者は、大森望が責任編集をする、日本人作家の書き下ろしSFコレクション・シリーズが09年から刊行開始。どれも素晴らしい作品で、是非とも長く続いてもらいたい企画だと感じさせる。田中哲弥「隣人」の見事な不快ホラー。食材の調理が上手けりゃ、その皿まで美味しい飛浩隆「自生の夢」。氏との別れを嘆かないわけにはいかない絶筆プロローグ、伊藤計劃屍者の帝国」。超々遠距離恋愛を書いた藤田雅矢エンゼルフレンチ」には号泣。
現代短篇の名手たち6 心から愛するただひとりの人(ハヤカワ・ミステリ文庫) 吉祥寺の朝日奈くん NOVA 1---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫 お 20-1 書き下ろし日本SFコレクション)
そしてそして、冲方丁の2つの組織が交差する『スプライトシュピーゲル』と『オイレンシュピーゲル』が1つに……。『テスタメントシュピーゲル』(感想)が開幕! 複雑に交錯する伏線は、それぞれの思いや欲望のもとに、1本の糸に収束されていく。圧巻の戦闘シーンに、悲惨な近未来描写。それでも自分の、そして心を支えてくれる人のために戦う少女・少年たち。来年から完結されていくであろう続きは、間違いなく面白いだろう。

スプライトシュピーゲル I Butterfly&Dragonfly&Honeybee (1) (富士見ファンタジア文庫 136-8) スプライトシュピーゲル II Seven Angels Coming (2) (富士見ファンタジア文庫 136-9) スプライトシュピーゲル III いかづちの日と自由の朝 (3) (富士見ファンタジア文庫 136-10) スプライトシュピーゲルIV テンペスト (富士見ファンタジア文庫) オイレンシュピーゲル壱 Black&Red&White (1)(角川スニーカー文庫 200-1) オイレンシュピーゲル弐 FRAGILE!!/壊れもの注意!!(2) (角川スニーカー文庫 200-2) オイレンシュピーゲル 参 Blue Murder (3) (角川スニーカー文庫 200-3) オイレンシュピーゲル肆 Wag The Dog (角川スニーカー文庫)
年内に刊行されたものを全ては読めていないが、自分の中で大きなターニングポイントとなったのが短編企画「現代短篇の名手たち」。海外作品を読む機会が増えた数年だが、シリーズ企画としてのミステリ短編集が登場してくれて嬉しい。ジョー・R・ランズデールのみを読んでいる人を見かけたが、是非とも他の作家も楽しんでもらいたい。表紙の気泡は繋がっているのか!
現代短篇の名手たち1 コーパスへの道 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 現代短篇の名手たち2 貧者の晩餐会 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 現代短篇の名手たち3 泥棒が1ダース (ハヤカワ・ミステリ文庫) 現代短篇の名手たち4 ババ・ホ・テップ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
最後に挙げるのは、今年もっともインパクトのあったミステリを3作。デビュー作は、とんでもない動機で読者を震撼させたジャック・カーリイだが、3作目『毒蛇の園』(感想)は警察ものと本格ミステリの見事な融合を書いた。またシリーズものとして、キャラクタたちの魅力も益々上がり、僕の中で読み落とせないシリーズになった。
元軍人によって組織されたテロOASと、彼らが企む大統領暗殺を阻止しようとするルベル警視。謎の暗殺者のコード・ネームは”ジャッカル”……。09年はゲームにおいて、自分が箱庭ゲーを楽しめることがわかったのは貴重な経験だったが、それと同じく、スパイ要素を含んだ世界情勢もの(と書くと語弊があるが)を楽しめたのは、これからの読書経験を変える。それがフレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』(感想)だ。止まることなく更新され続けられる頭脳戦のスリリングさと、その格好よさに腰を抜かした。
締めに挙げるのは、ドルリー・レーン最後の活躍にして、X,Y,Zの悲劇を締める4部作エラリー・クイーン『レーン最後の事件』(感想)を。真相に近づいていくほど、謎を演出する展開は実にドラマチックに。序盤に仕組まれた巧みな伏線は、今でこそ何度も登場しているネタだけど気づかせず、そこを評してもなお足りないクライマックスへの素晴らしさ。構成のシンプルさ、それを明かす大胆さ。ミステリを好きになってよかったと、これほど感じさせてくれる作品にあえてよかった。
毒蛇の園 (文春文庫) ジャッカルの日 (角川文庫 赤 537-1) レーン最後の事件 (創元推理文庫 104-4)