22年度読んでよかった本

2006年から続けている今年読んでよかった本。本厄のためしんどいイベントもたくさんありましたが、2023年は風向きを変えたいところ。この1年での読書記録は100冊弱。その中で印象に残ったものをボリュームある作品から紹介。

水上勉飢餓海峡は、義実家で鍋をつっついていると義父から読んだかと訊かれて「ネタバレは困るので話題変えましょう」と言ってしまった作品。あれから8年も積んでしまった(本当すいません)。今の話題作もいいけど、読み継がれるサスペンスは読む価値がある。

小川哲「地図と拳」は圧倒的な情報量と、歴史のダイナミズムを読み応えにした傑作。キャラクターたちが満州という幻のような国を全力で駆け抜ける。0秒解答の謎に迫る「君のクイズ」はわかりやすいエンタメで、こちらは一気に読み通した今年の記憶に残る1冊だ。

12月に発表される主だったミステリー賞で圧倒的な支持を得たクリス・ウィタカー「われら闇より天を見る」。無法者の少女と守るべき弟。2人を救おうとする人たちの距離感が優しく、時に痛々しく、皆の幸せを願いながら読み終えた。自分の子どもたちがこんな関係になったら……と自身に重ねるシーンも多く、年齢を感じてしまった。

2022年は森博嗣という切り口でふり返る必要がある。S&Mシリーズから始まった犀川創平の物語もついに「オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei’s Last Case」にて完結(本当に?)。かつての登場人物たちが表に裏に登場するので、ファンをくすぐる上手さはシリーズ1の出来。また新装版かよ! と思ったスカイ・クロラ The Sky Crawlersは英訳に関わった清涼院流水による森博嗣へのインタビューを掲載。これが真っ当なインタビューで面白い。正直「すべてがFになる」から同じ企画で出してほしい……。

今年はノンフィクションが熱かった。柳田由紀子「宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧」は、ジョブズの師匠であり不審死を遂げた曹洞禅の僧を追う。津田梅子が渡米したのも、クック船長がオーストラリアに行ったのも、歴史には背景があると教えてくれる。

フェミニズムの視点で注目度高い著者による圧巻の外食近代史、阿古真里「日本外食全史」。家庭の設備環境や働きかたで変わった家庭料理と、万博・バブルという巨大なエネルギーで変化した外食の姿に驚かされる。

民主主義の広めかたは本当に正しあったのか、ヨーロッパ勢の姿勢を問う内藤正典「教えて! タリバンのこと 世界の見かたが変わる緊急講座」は大きな収穫。メディアを通してアフガニスタンを見ていたと痛感した。社会的地位がありフラットな価値観をもった国として、何ができるかを考えていきたい。

2022年、大河ドラマからまさかの平家物語ブーム到来。面白くなるためには理解が必要だ! 本を読むぞ! という流れで岩波ジュニア新書から永積安明平家物語を読む 古典文学の世界」沢寿郎「鎌倉史跡見学」を読む。平家物語のバックグラウンドと、そこに書かれた当時の精神性は、能楽師による安田登「 『平家物語』 NHK100分de名著」にも詳しい。「鎌倉史跡見学」はまさに「鎌倉殿の13人」の素晴らしい解説書として、この1年の楽しみを助けてくれた。由比ヶ浜を語る名文を忘れられない。

こうして書いてみると今年もいい本が読めたなあと大変満足。冊数の1割強が実話怪談だと気づいたけど、これは出張頻度に左右されると気づいた。仕事も家族も色々とあるけど、好きな時間を大切にして過ごしていきたいと思います。

クリス・ウィタカー われら闇より天を見る

カルフォルニア州、海沿いの小さな町ケープ・ヘイヴン。30年前に起こった少女殺人事件の影響がまだまだ残っている。自称無法者の少女ダッチェスは、事件から立ち直れない母親と、まだ幼い弟のために信念をもって生きていた。そして犯人が刑期を終えて帰ってくる。かつての親友であり警察署長のウォークは喜びと同時に、はかり知れない不安を感じていた。

英国推理作家協会賞最優秀長篇賞、年末の国内ミステリー関連で3冠。ホロヴィッツじゃないの? と思いさっそく読んだ。これは家族・成長・姉弟の物語であり、死への、生への旅の物語だ。アンバランスなダッチェスの心境と、手をさし伸べようとするけど触れあえない人々。我が子への姿と重なって、幸せになってくれ! という感情が止まらず、終盤は息を止めて読んでいた。バスで、新幹線で、布団の中で泣いてしまった。誰も間違った選択をしていないのに、ボタンのかけ違いから起こる顛末と真相。とても穏やかに書かれても、それぞれの冷静な判断に温かさより寒気を覚えた。天が輝かしいのは闇にいるからなのか。

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白井智之 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件

楽園ジョーデンタウンでは病気も怪我も存在しない。カルト教団の本拠地に調査に入った助手が帰ってこないため、探偵・大塒は記者とともに飛びこんだ。助手との再会を合図のように、楽園で不審死が発生する。密室・毒殺・切断死体。正しいのは教祖の奇蹟か、それとも探偵の推理か。

白井智之を読むのはデビュー作以来。イロモノミステリーの印象が強く避けていたものの、今作はTwitterの評判がよくて読んでしまった。78年ガイアナで起こった人民寺院集団自殺事件をモデルに、特殊環境下で信者の信仰と探偵の推理が激突する。連続する多重解決は、底からタレが浮かびあがるラーメンのよう。突飛なネタだと感じたものの、作中の熱気に飲み込まされた。多重解決が注目されるのはもちろん、モデルとなった事件そのままミステリーに転換したセンスには恐怖さえ感じる。バランスがいい、綺麗だとは思わないけど、エネルギーのある作品が読めたのは嬉しい。

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